2024.11.22 【特集/レポート2】のたうち回るような苦しみも楽しむ
変わり続けることを厭わない、前向きで明るい稽古場
時間と愛情をかけ、一つの作品を丁寧につくり上げる
「今、のたうち回っています」
教師トム役を務める風間俊介に今の稽古の状況を訊くと、笑顔でそう返してくれた。10日ほどかけて台本の頭から最後まで一巡、稽古は一場ずつ丁寧につくっていく段階に入っていた。演出の杉原邦生は、たとえ俳優が台詞をひと言発しただけでも、小道具の位置が微妙にズレているだけでも、音の入る瞬間が1秒違っただけでも、気になったことがあるとすぐに芝居を止める。些細な違和感すらも決して逃すことなく、徹底的に伝えていくスタイルのようだ。作品を立ち上げるために一つずつ一つずつ丁寧に詰めていく──、作品をつくるうえで最も大切で産みの苦しみを味わう期間。風間のひと言は、現在の稽古状況のすべてを表わしていた。
「もう一回、もう一回、じゃあ、もう一回と、久々に千本ノック感を味わっています」
14歳の少年ダリルを演じる松岡広大が、とても嬉しそうに話していたのが印象的だ。トムの妻、ジョディを担う笠松はるも「稽古は楽しい! とても面白いんです」と明るい表情で話す。丹念に積み上げていく杉原の稽古に順応し、今回目指す演出に対して、前向きに応えようとする姿勢が伝わる。杉原の明るい稽古場づくりも影響しているようだ。
本作品は2幕10場、トム、ダリル、ジョディ、リタの登場人物4人のうち、さまざまな組み合わせの二人芝居がオムニバス形式で紡がれ、状況や心情が徐々に明らかになっていく。ただ、どの場面も結末まで描かれていない。あとは皆さんの想像に委ねます、と作家ダンカン・マクミランからバトンを渡されるような感覚。
「共通認識が必要なところは、これはどういう意味だろう? この先にどういうことが起こったんだろう? と皆で話をしています」
ダリルの祖母、リタを演じる那須佐代子が、カンパニーの姿勢を教えてくれた。ただそれは、観客に答えを提示するためではなく、さまざまに想像していただくための優れた《媒介》となるためのディスカッションのようだ。どの意見に対しても否定することなく受け入れ、そのうえで共に考えることを自然発生的に行っている。台詞も、翻訳の髙田曜子も交えて皆で一つひとつ確認、臨機応変に更新していく。
翻訳劇に多く取り組み、今年10月にはマクミランと同じイギリスの劇作家マーティン・マクドナーの作品『ピローマン The Pillowman』に出演した那須が話してくれた、本戯曲の印象が興味深かった。
「マクドナーの戯曲は残酷さの中にもユーモラスな部分が少しあって、最終的にはキラリと温かみが見えるのが特徴。マクミランは『エブリ・ブリリアント・シング』を拝見して、『LUNGS(ラングス)』は台本を読みましたが、マクドナーよりも10歳若いからか、ドライな印象がありますね。特に『モンスター』は、全部書いていない感じがあるところが面白いです」
稽古中の発言から、台本を細部まで丁寧に読み込んでいるのが伝わる笠松は、難解に思われた本作品の敷居を下げてくれた。
「この戯曲を最初に読んだ時、クスッとするところはないだろうなと思っていたのですが、今回の演出では、ほんの少しお客さまの頬が緩む瞬間があるかもしれません。でも本番までに変わっていたらごめんなさい!」
日々更新、日々変化の稽古。その中で本公演についての取材を数多く受けている風間に、作品の印象や解釈が日々変わっていくことに混乱しないのかを訊いてみた。
「稽古が始まる前、稽古が始まってから、そして上演中と、違うことを考えているでしょうね。でもそのグラデーションが面白いと思っています」
その答えを聞き、松岡が話していたことをふと思い出した。
「僕はやっぱり演劇が大好きなんです。時間と愛情をかけて、一つの作品をつくり上げるというのが魅力です」
「のたうち回る」ような稽古でさえ楽しもうとしている彼らの理由は、きっとそれなのだろう。カンパニーのポジティブさには本当に頭が下がる。そして、彼らのそういう姿勢が作品をさらに深めていくことにつながるのだと確信した。
文 金田明子
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